精進料理の心

「料理は心だ」
よく聞くフレーズです。
では心がこもった料理とそうでない料理はどう違うのでしょうか?
適当に作った料理なのに意外と喜ばれたり、逆に自分としては頑張って作ったはずなのに食べてみたらあまりおいしくなかったり、不評で食べ残されたこともあるでしょう。

曹洞宗では「威儀即仏法 作法是宗旨(いぎそくぶっぽう さほうこれしゅうし)」といいます。これは文字通り、日頃の身じたくや立ち居振るまい、作法がそのまま仏の教えである、という意味ですが、「正しい行いと正しい心は相通じる」と言い換えることができると思います。

 たとえば茶道、空手、柔道、剣道などでもそうですが、はじめは繰り返し基本の動作を稽古していく中で次第に心も練られていきます。精進料理でも同様で、正しい調理法、正しい方法で日々料理していけば、自然と正しい心も養われていくのです。少しだけ違うのは、茶道や武道では初心者とベテランでは実力に大きな差がありますが、仏道では新入りも古参も仏の行いを行じる時には達成度や理解の度合いに関わらず、等しくありがたいと説きますが。

 つまり「精進料理の心」をとらえるためには、まずは「正しい精進料理」をつかまなければいけません。「正しい精進料理」を学ぶために、道元禅師が示した『典座教訓』『赴粥飯法』をひもといていきましょう。




◎精進料理の心

1 道元禅師と『典座教訓』

2 『典座教訓』と精進料理の心

3 永平寺の精進料理

4 『典座教訓』のことば

5 現代社会と精進料理



 

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