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宝慶寺参拝

宝慶寺参拝

吉峰寺を後にした我々は次の目的地宝慶寺(ほうきょうじ)へ。

宝慶寺は今から約700年前、寂円(じゃくえん)禅師によって開かれた寺です。

寂円禅師は、道元禅師が中国に渡って天童山で修行していた際、同じ寺で共に修行に励んだ禅僧です。

道元禅師が修行を終えて帰国したのち、道元禅師の徳を慕って来日し、永平寺で道元禅師について熱心に参学されました。

本場中国の僧が、その修行ぶりに感心し、日本についてくるほど、道元禅師の修行ぶりが素晴らしかったということでしょう。


宝慶寺参拝

↑宝慶寺の僧堂(坐禅、食事、睡眠などを行う修行の中心となる建物)

道元禅師が遷化(亡くなった)のち、永平寺を降りて現在の福井県大野にある銀杏峰に入り、樹下石上にて坐禅すること18年。

たまたまこの山奥に遊猟していた下野守藤原氏(伊自良氏)が、坐禅される寂円禅師のお姿をみて、帰依尊信の念を起こし、寺領を寄進して寺院を建立し、寂円禅師を開山として招いたのが宝慶寺のはじまりです。

なお寂円禅師のあとを嗣いで宝慶寺2世となった義雲禅師は、のちに永平寺の五世となり、永平寺の参道にそびえる有名な五代杉を植えられた方です。

宝慶寺では十年前くらいに現堂長、田中眞海老師が晋山してから師を慕って多くの雲水が集まり、坐禅を中心とした厳しい修行が修められています。


宝慶寺参拝

↑宝慶寺で報恩の読経を行う。真ん中の導師が私
田中老師は、私が永平寺で修行していた時、永平寺の「単頭」(たんとう・雲水を導く指導僧)をつとめておられました。その熱心な指導ゆえに皆に慕われていました。

私が永平寺修行三年目に、料理係をしていたとき、田中老師は単頭を辞められましたが、その際特に料理の心得についてお言葉をかけて頂きました。

そのお言葉は十年経った今でもはっきり覚えています。

今までの料理生活の中で常に忘れずに胸に留めていました。

そのお言葉を頂いたときのエピソードはまた後日御紹介します。

田中老師は若き頃永平寺別院でも修行された、いわば大先輩で、私たちをこころよく迎えてくれました。

久しぶりにお会いし、今まで以上に熱のこもったお話を頂き、別院の雲水達も、それぞれ少なからず感ずるものがあったようです。

ちなみに宝慶寺の見どころは

・御開山寂円禅師と一緒に托鉢をしたという牛と犬の像、およびそのときクビにかけていたといわれるズタ袋

・あまりの出来の良さに毎夜彫刻から抜け出して村で暴れていた龍の目に高僧が釘を刺し、封印したと言われる天井の龍


宝慶寺参拝

・有名な道元禅師観月の像や如浄禅師の頂相などの軸物などなど。

別院の参拝旅行、この後永平寺に一泊して、一同ご本山の厳峻な空気を味わいました。



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