スポンサード リンク

「きちんと食べてますか」 やわらかな精進料理があなたの心身を癒します

合成粉末だしの取り扱い

 先日もご紹介しましたが、本日、『大法輪』誌発売日です。
精進料理に興味がある方必見の内容ですので、是非ともご一読ください。

 誌面中、当方が執筆した「精進料理の実践」記事についての補足説明を少々させていただきます。
 文中に、精進料理のダシについて解説した箇所がございます。伝統的には昆布と干椎茸などを用いる旨を記し、その方法を簡単に解説しています。これは多少詳しい精進料理本であればほとんど例外なく記載されている内容で、特に目新しいことを書いたわけではありません。精進料理を作るには昆布・椎茸ダシの取り方は欠かせないのです。
 
 そしてその文に引き続いて「典座和尚の一私見」として、初心者がとりあえず調理をする際には、昆布や椎茸を使わないで、「化学粉末ダシ」で代用しても良いのではないか、という提案を行いました。
 実はそれを出版物に書いて公開するというのは、非常に勇気と覚悟が必要な冒険?行為です。
なぜならば、伝統的精進料理界においては化学粉末ダシの使用を認めるかどうかというのは一大事であり、安易にそれを使う者=未熟者または異端者、という見方をされる恐れがあるのです。
 修行道場の台所の様子を解説する場合「えー、このように寺では化学だしを一切使わず、天然の昆布と椎茸でダシをとっております・・・」というようなセリフが定番になっているくらい、化学粉末だしは避けられているのです。

 じゃあそこまでわかっていて何でアンタはそんな誤解を受けるようなことをわざわざ天下の大法輪誌に書いたんだ?また偉いおしょう様方に叱られるぞ、とお思いでしょう。
 その事情を以下に説明致します。

 私自身、天然の昆布・椎茸ダシの方が格段に良いと思っております。
自分自身が調理する際は、化学粉末ダシは使いませんし、また道場で雲水を指導する際にも使わないように言います。いくら合成ダシの技術が発達したとはいえ、やはり自然の味にはかないません。ダシだけでなく、「うま味調味料」も同様です。

 しかし、それはあくまで調理を本格的に学ぼうとする者の場合の話なのです。
自分の調理技術研鑽や、修行道場の雲水相手だったら「化学粉末ダシ禁止」それで良いでしょう。
 今回『大法輪』誌の特集は、あくまで「これから精進料理を体験してみたいと思っている初心者」が対象です。そういう人にいきなり「はい、粉末だしは厳禁ですよ、良いダシが出る昆布買ってきて前の晩から水につけてダシとってください」と言ったら、もうそれだけで「そんな時間ないや、しょせん精進料理なんて暇と金があるヤツしか作れないのか」と敬遠されてしまうのです。
 なんといっても良いダシが出る昆布は一パック300円~500円しますから、1食に(しかもダシだけに!そのほか食材費もかかります)そんなにかけられないのが普通の感覚だと思います。

 ともかく私は、今の多忙な社会で、なんとか精進料理のこころを布教するには、まずはとりあえず包丁を持って実践してもらうことが第一だと思うのです。やってみてはじめてわかることがたくさんあるのです。そのためには今まで敷居が高いと思われていた精進料理を、より気軽にとりくめるようにしていく必要があると思うのです。
 「はじめから本物を身につけるべきだ」という考えもございます。もちろんそれもけっこうなことですので、初心者のうちから昆布を使える方は昆布でダシを取ればよいのです。無理に粉末だしを使え、と言っているのではなく、昆布が用意できなければ化学合成ダシで代用したらどうか、と言っているのです。

 今までの伝統的な指導方法は、雲水向けの「粉末だしを使ってはいけない」という指導方法をそのまま一般在家に説いていたようなものなのです。
 仏家に「人に応じて法を説く」という語があるように、雲水相手なのか、一般在家相手なのかによって柔軟に指導法を変えなくてはいけません。
 たとえば坐禅を指導する場合、雲水に対しては「坐禅は一区切り40分です。今から3セットすわります」と言っても何も問題ありません。みずから発心して仏道修行に励むのですからそのくらい当然です。しかし坐禅をしたこともない一般在家相手に同じことはできないわけで、初心者にはまずは15分くらいからはじめるのが良いのです。
 禅師様も、よく「5分でも10分でも良いですから朝仏壇の前にまっすぐ線香を立てて静かに坐禅をしてください」とおっしゃっているではないですか。

 坐禅ではそれが当たり前なのに、なぜ精進料理ではそうしないのか。
 今まであまり声を大きくしていう人がいなかったのだと思いますので、わたくしが持論として主張していきます。
 
 粉末だしであろうが天然だしであろうが、まずはなんでもいいからとにかく実践してみる。
 その上で、ありゃ味が薄すぎる、あらら煮くずれた、という失敗を重ねて、だんだん工夫していくのが精進なのです。そのうち上達してくれば、粉末だしでは物足りなくなってきます。
その時こそ天然だしを使う時だと思うのです。

 長くなったので続きはまた明日。

 ご批判お待ちしております。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です