広告



修行道場の作法~おかわりについて

 遅くなりましたが、17日に「干し柿」さんよりコメント欄でいただいた御質問にお答えします。

 「修行僧の皆様は朝はおかゆだそうですが、おかゆは1膳のみ食べきりなのですか、それともおかわりもされるのですか?おかわりされる時は私達のように「おかわり!」などとは言わないのですよね。どのような作法でおかわりをされるのでしょうか?」

道場の正式な食事作法は、以前にも少しご紹介致しましたが、正式な法衣姿であるおけさを身につけ、坐禅を組んで食事をとります。下の画像をみればわかるように、修行僧は「単」(たん)とよばれる高床式の畳の上で坐禅を組み、通路側を向いて坐ります。畳の外側には「浄縁」(じょうえん)と呼ばれる幅30センチ近くある太い木のフチが組まれていて、このフチが食事の際のテーブルとなるのです。したがってこのフチ(浄縁)は食事を置くための清浄なる場とされ、たとえば坐禅の際などに、このフチを踏むことは禁じられています。単に登る際もこのフチに尻が触れないように気をつけて登るのです。

そしてその浄縁の上で、作法に従って応量器を広げます。すると給仕係(浄人・じょうにん)が台に乗ったおかゆの桶を運んで雲水の前にやってきます。雲水は応量器の中で一番大きな椀を両手で持ち上げ、少々前にかがんで浄人に差し出すのです。浄人はお玉でおかゆをすくい、椀につぎます。もらう側の雲水は、「このくらいでけっこうです」というタイミングで、無言のまま浄人に合図を出します。右手の人差し指と中指を閉じてのばし、親指、薬指、小指を握ってじゃんけんのチョキが閉じたような形にします。そして手のひらを上にして、5?くらい上にクイっと上げるのが「このくらいでいいです」の合図です。

欲しい量だけよそってもらったら、互いに無言のまま頭を下げ、雲水はうつわを置き、浄人は他の雲水の給仕に移ります。


修行道場の作法~おかわりについて

ちなみにその合図の仕方は指導者や僧堂の家風によって細かい点が違います。親指、薬指、小指を握りこまずに手のひらを平らにして上にあげて合図せよ、という指導者もいます。

または、器から手を離さずに人差し指でうつわをツンツンと叩いて合図する方法もあるのですがそのやり方は目上の浄人に対しては失礼になります。

全員におかゆや漬け物などが配られると、お唱えごとを合図に皆一斉に食べ始めます。なお一斉にといっても、目上の指導者が口をつけてから自分も食べるという作法もあります。

食べている間に、浄人がフキンを持って雲水たちの前を巡回します。給仕の際や食べているときに誤ってこぼれたものがないか確認して回るのです。こぼれたものを浄人が拭いている間は、拭いてもらっている雲水は食べるのを中断し、無言で合掌して拭いてもらいます。

さて、いよいよ御質問のおかわりの作法を説明します。

おかわりのことを「再進」または「再請」(さいしん)といいます。これも正式な作法です。通常は一度だけ再進の給仕がなされますが、接心などの特別な場合には「再再進」(さいさいしん)といって2回おかわりが給仕されます。(なおその場合2回目のおかわりは遠慮するのが作法です)

ある程度食事が進むと、頃合いを見て再び浄人が桶を持って配膳に入ります。

おかわりが欲しい人は、その時までに、はじめにもらったおかゆを全て食べきってうつわを空にして、さじをうつわから降ろして浄人を待ちます。おかわりが欲しくない人はうつわの中におかゆを残し、さじをうつわに入れたまま浄人を待ちます。それがおかわりの要・不要を表す合図となるのです。したがって、おかわりが回ってくるまでにうつわを空にできない人は自動的におかわり不可能になるわけです。

漬け物の場合はさじではなくはしを降ろすかうつわにのせたままかによって表します。日本食では、箸をうつわにのせるのは「渡し箸」として禁じられていますが、道場の作法では箸をうつわに載せるのが決まりです。おそらく中国の作法を取り入れたためと推測できます。

浄人はさじやはしがさしてあるか降ろしてあるかをよく見ながら巡回するわけですが、おかわりが必要な者は浄人が自分の前に来たら合掌してうつわを持ち上げることによって浄人の見落としがないようにします。

なお、おかわりが可能なのは応量器の一番左と真ん中に置かれる献立のみで、朝食であればおかゆと漬け物だけがおかわり可能で、ごま塩とおかずはおかわりできません。昼食と夕食はご飯と汁だけがおかわり可能で、漬け物とおかずはおかわりできません。

ちなみに、応量器というのは予想外に大きく、(一番大きなうつわはどんぶりくらい入ります)もしおかゆやご飯を山盛りに盛ったとしたら多すぎて食べきれません。したがって、はじめに山盛りでおかゆをもらい、さらにおかわりもたくさんもらう雲水というのは・・・まああまりいないと思います。(時間をかければ食べることができるでしょうが、熱いおかゆをそんなにたくさんもらったら冷ますことができず時間内に食べきれないでしょう)

通常は、はじめの配膳の際におかゆをお玉2杯分くらいもらい、体調によってはおかわりの際にお玉1杯分くらいもらえば十分な量です。

おかわりをもらうのも食べる側の気配りである、ともいわれます。つまり、おかわりの作法というのは単にたくさん食べてもらうためにおかわりが回るのではなく、もう少しどうですか、とさらにおすすめする作る側と給仕の側のまごころなのです。そのため、それをむげに断るのはすすめた人、あるいは作った人に失礼になるということで、たとえば総計お玉3杯が適量だとしたら、一杯目に3杯分まとめてついでもらっておかわりをしないのではなく、はじめは2杯もらっておかわりで1杯もらう、というようにあえて分けてよそってもらうのが食べる側の心だというわけです。作る者、給仕する者、食べる者の三者の心が相通じてこそ尊い作法が生きてくるのです。

干し柿さん御覧になってますでしょうか。皆さん、もしまた疑問点があればなんでもお聞き下さい。ちなみに、道場の食事作法についてはまだまだ書ききらない部分があるので、いずれご紹介する予定です。

広告



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. 干し柿 より:

    「おかわり」について、とても詳しく、また、わかりやすく教えていただきまして、本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます。修行僧の皆さんは大変な修行をされていると思いますので、変な言い方になりますが、「おかわり」できて、よかったと思いました。
    修行僧の皆様が食事をされている様子が目に浮かぶようです。これからもどうか道場の作法についていろいろ教えていただければ幸いに存じます。
    私は図書館(東京)で高梨典座様の「永平寺の精進料理」の御本を読ませていただいたのが御縁で、今はこちらのブログを拝見するのを楽しみにしています。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

  2. 干し柿様
     コメントありがとうございました。修行僧を想っておかわりのご心配をしていただき、そのお気持ちに胸が熱くなりました。
     どうぞ今後ともよろしくお願い致します。
    また不明な点がありましたら遠慮無くコメント下さい。