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「きちんと食べてますか」 やわらかな精進料理があなたの心身を癒します

浄土真宗のお寺で精進料理と講演

浄土真宗のお寺で精進料理と講演

3月10~11日、山口県にある浄土真宗本願寺派の若手寺族の会、「若朋会(じゃくほうかい)」に招かれ、精進料理昼食つきの講演会を行いました。

浄土真宗本願寺派山口別院

上の立派な建物は、会場となった浄土真宗本願寺派山口別院です。
はじめに依頼を受けた時には、正直言ってかなりとまどいました。なぜなら他の宗派からの依頼ははじめてだったからです。
私の講演では、精進料理を題材としてはいますが、その根本にあるのは道元禅師の教えです。道元禅師の教えに触れずに講演をすることはできません。
道元禅師の素晴らしい教えを是非多くの方に伝えたい、という立場である曹洞宗僧侶が、浄土真宗を信仰する方々を前にして講演を行うというのは、たとえれば、A社製の車に乗っている人に向かって、B社の営業マンがセールスをするようなものです。(しかもA社の社員に依頼されて、ですよ)
へたをすれば「あら、曹洞宗の教えの方が素晴らしいわね、わたし転宗しようかしら」なんていう方が出てもおかしくないわけです。

念のため、依頼主である若朋界の副会長さんに、「あのー、どういった主旨・目的で私に依頼を?」と聞いてみたところ「最近、食に対する不安や期待が高まっているでしょう。今こそ、仏教では食事についてどう考えているか、という点について、曹洞宗さんに伝わる食に関する尊い教えを是非お聞きして、皆で勉強してみたいのです。もちろんうちにも食に対する教えや考え方はありますが、せっかくの機会なので、曹洞宗さんの厳格な食に対する姿勢を学び、精進料理を味わってみたいのです」とのこと。

私を選んでくださったのはとても嬉しいのですが、もし、ろくでもない講演をしたら曹洞宗の看板にも傷がついてしまうおそれがあります。いわば、曹洞宗代表で他宗派におうかがいするようなものだなー、とかなり不安でしたが、私はこういう時には前向きに考えるようにしています。
せっかく私を指名してくださったのですから、他人に任せず自分自身で行うべし、という教えに基づき、これも尊い自分の修行だと思ってお引き受けしました。

春の精進弁当

地元山口の野菜をなるべく使用して欲しいという依頼主の希望により、「岩国レンコン」と「はなっコリー」の2種を用意してもらいました。
もちろん他にも山口名産の野菜はあるのですが、食材の旬、予算、調理場の規模等の条件により、上記の2種を選定しました。
地産地消の観点から、こうした地元の食材を臨機応変に精進料理に取り入れるのも典座の腕の見せ所です。
はなっコリーは私もはじめてですが、ブロッコリーと菜の花が混ざったようなおいしい野菜です。まさに春を迎える献立にぴったり。

盛りつけ風景

浄土真宗本願寺派ではその教義に基づき剃髪をしないため、僧侶も外観は普通の若者と同じです。主催者である僧侶の皆さんにあれこれとお願いをして仮設の台所で調理を進め、できあがった料理を盛りつけているところです。

曹洞宗の僧侶なら、いろいろな場面でこうした経験を積んでいるので、けっこう手早く進むのですが、やはり今回はみなさんはじめてだったため、最初はなかなかとまどっていました。盛りつけは流れ作業で、最後に私がフタをしてチェックするのですが、はじめは「ハイこれ盛りつけが雑です」とか「これもっと多めに」なんてきついことも申し上げましたが、30分もすると慣れてきて、スムーズに運びました。

また会場が近場なら、車で私のうつわ一式を運ぶのですが、今回は遠方でしかも参加者が多いため、うつわは主催者側で用意することに。ご飯、味噌汁のうつわはなんとか揃いましたがおかずまでは不可能なので、おかずは弁当容器に。これだと、3月の気候なら余ってもそのまま夕食に食べることができて便利です。

会場のようす

山口別院の大会議室が昼食の会場。参加者は、8割方が門徒、つまり曹洞宗で言うお檀家さんで、残りの2割が僧侶と寺族さん。募集期間があまりなかったにもかかわらず、約80人の方がお集まりに。
なるべく暖かい料理を召し上がってもらおうと、開会式を隣の大ホールで行っている最中に配膳する役員さんたち。

精進料理

ご飯は春を連想させるさくら色のタケノコご飯。たくあんは信徒の方が届けてくださいました。カブの葉っぱも無駄にせず、いろどり良く汁に浮かべます。
実はたくあんを事前に切って冷蔵庫に入れておいたのですが、冷蔵庫はどこか事務所の?奥の方にあり、私自身は自分で一度も開けませんでした。そのためすっかりたくあんを忘れており、配膳中に、何か足りないな?あ、たくあんが!ということに気づき、慌てて後からご飯の上に載せました。
本来はお弁当の中に入れた方が食べやすいですね。役員のみなさん申し訳ありませんでした。

講演のようす

食事の後は、同じ会場で1時間30分の講演です。
浄土真宗本願寺派では、仏法の話を聞くことは門徒の大切なつとめであるとして、頻繁にお寺に集まって法話や講演を聞く機会があるのだそうです。
話す側の僧侶も、非常に専門的な訓練を積んでおられて、法話に関しては非常に充実した体制が整っているようです。
正直言って、うちの寺周辺で見る限りですが、法話に関しては、曹洞宗は現状ではかなわないなー、見習うべき点が多いなあ、と思いました。

この場に集まった皆さんは、いわば法話を聞くベテランです。話し手の上手い下手も全て見抜かれます。こんな時に、うまく見せようとして自分の能力以上の背伸びをしては失敗の元。ヘタなりに平常心でお話しすることが大切です。
むしろ、ふだん聞くことがないような?私のくだけた語り口が新鮮だったのかもしれません。聞き上手な参加者の皆さんのおかげで、大過なく進めることができました。

記念撮影

無事終わり、帰り際に主催者である若朋会の役員さんたちと記念撮影。
せっかくの機会なので、料理をしている時や休憩時間などに、浄土真宗本願寺派の教えや、寺をとりまく状況などについて、たくさんの質問をしてみました。とても多くの話を聞くことができ、私自身、すごく勉強になりましたし、良い刺激を受けました。
宗派を越えた素晴らしい交流ができたと思います。

聞けば、こうして他宗派の僧侶を招いて講演を行うのは、滅多にないことだとか。通常は、浄土真宗本願寺派の僧侶が法話や講演を行うそうです。しかし、従来通りのやり方を守っていくだけではこの先行き詰まってしまうのでは、という危機感から、何か新しい試みをと考え、今回の企画に至ったのだそうです。

強く感じたのは、役員さんたちはあくまでも門徒さん、つまり参加者の側に立った目線で企画を練っているなあ、ということです。主催者側の苦労や都合ではなく、どんな企画だったら参加者のためになるか、という視点なのです。
僧侶だけが満足して、肝心の檀家さんが置き去りになり、苦痛さえ感じながら我慢して参加してもらうような企画も残念ながらあるなかで、おいしい?精進料理を食べ、食について仏教の立場から深く考えてもらうこの企画は、多くの方に喜ばれたのではないかと思います。講演後、家路に就く駅の売店でおみやげを選んでいたら、二人の参加者の方に声をあかけられ、とても良かった、と嬉しい言葉をかけていただきました。

考えてみれば、同じ仏教徒です。宗派の壁にとらわれることなく、お互いの良い面を学び合い、それによりさらに自分の属する宗派の特徴を再確認することができたのではないかと思います。

会長さんは、若い青年僧だからこそできる挑戦ですよ、とおっしゃっていました。もしかしたら、別院に他宗派の僧侶を呼んで講演をさせるなんてけしからん、というような冒険に対する批判もあったかもしれません。
しかしそうした批判をあえて承知の上で、こうした宗派を越えた交流を企画してくださった役員さんたちに対して感謝と敬意を表します。

「最近の若い僧侶はだめだ!」などといい、若手僧侶に対してとにかく批判する方もおられます。もちろん、至らぬ点も多いのは確かなのですが、こうして伝統にあぐらをかくことなく、現状に危機意識を持って、新しい試みに挑戦し続ける若手僧侶もたくさんいるということを是非しってもらいたいです。

新聞記事

宗派を越えたこの企画、読売新聞や、本願寺新報にもカラーで掲載されました。この写真は、禅宗ならではの応量器での食事作法を、現物を用いながら説明しているところです。皆さん興味深そうに聞いておりました。

山口別院の大ホール

さて参考までに、この写真は浄土真宗本願寺派山口別院の大ホールです。(大ホールという名称なのかどうかはわかりませんが、知らないので仮にそう呼びます)
講演会場も100人以上入れるほど広いのですが、ここはさらに広いから驚きです。通常のお寺で言えば本堂にあたります。禅宗は基本的に地味なので、浄土真宗式の、ご本尊さま周辺の造りの立派さに驚きました。きらびやかな浄土を表しているのだそうです。

しかもものすごく広い椅子席。おそらく、曹洞宗にはこういう設備の公的な建物は、少ないと思います。大きな一寺院には、こうしたホールがあるお寺もいくつかありますが、その地域の要となる別院のような公的な施設で、これほど広い椅子席を備えた場所はまだまだ少ないのが現状です。
本堂に正座というスタイルは、確かに良い面もたくさんあるのですが、高齢のお檀家さんが敬遠する要因にもなっているのが現実です。足腰が弱った方でも、あるいは車いすの方でも、苦労することなくお寺に来て法要に参加し、そして長時間の法話を聞くことができる素晴らしい設備だなあ、と思いました。

とかくこうしたホール式の建物では、宗教的な荘厳さが感じられない、とよくいわれます。喩えるなら、安普請の葬儀ホールでお経をあげても、なんだか体育館や事務室でお経をあげているようなよそよそしさがあり、ありがたい雰囲気が生まれにくい、というのです。お寺の本堂が、そうした格調高く、心が落ち着くようなありがたい雰囲気に満たされているのはよくわかるのです。
反面、お寺の本堂に長く正座して座るのは体力が必要です。場合によっては座布団もない場合もありますから、脚をくずしても1時間経てば腰が痛くなってきます。また、多くの本堂では、お手洗いの設備も集まる人数に対して不十分な場合が多いです。
この大ホールは、長時間にわたり座ることが苦痛でなく、トイレも十分、いわゆるホールの機能性と、本堂のおごそかな宗教的雰囲気を両立させているなあ、とうらやましく思いました。
お寺に椅子を導入することについて、さまざまな意見が聞こえてきます。私自身も、安易な椅子化に全面的賛成というわけではありません。しかし、「お寺に行って話を聞きたいけど、座っているのが苦痛で・・・」と敬遠する方にとっては、少なくともこの施設なら安心して参加できるだろうなあ、と感じました。

今回の経験は、宗派が異なるため、用語の意味や作法などの違いも多く、とまどう場面もありましたが、私自身非常に有意義な経験をさせていただきました。本当に良い勉強になりました。
こうした宗派を越えた交流が増えることを願っております。

沼田ロータリークラブ法話
場所は変わって、3月半ばに行われた、地元ロータリークラブでの法話。プロジェクターで資料を投影しながら精進料理の教えをお話ししました。

某寺法話
4月中旬に行われた某寺での法話。本堂で行う場合にはきちんとお袈裟をつけ、礼拝ののちにお話しします。
今回は精進料理の話ではなく、お檀家さんが興味を持っているお葬式と法事についてのお話しをいたしました。
こういう場合、お寺独特の曲ろくという赤い椅子に座ってお話しすることが多いのですが、私はあえて椅子を使わず、立ってお話しします。その方がみなさんによそよそしさを与えず、親しみをもって聞いていただけるように思うからです。

以上、ここ数ヶ月の主な活動をご紹介いたしました。



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