永平寺にて食育講演を行いました

去る7月30日、大本山永平寺にて講演を行ってまいりました。

とはいっても、永平寺の修行僧(雲水)に対してお話をしたわけではありません。永平寺はあくまでも会場として、「曹洞宗保育連合会」という団体からの依頼で、保育園や幼稚園に勤務する保育士さんや教諭、あるいは園長先生や理事長さんなどの研修会中の一カリキュラムとして、「道元禅師の食育~命を育む精進料理~」と題した講演を行ってまいりました。

全国規模でみると、保育園や幼稚園を運営している曹洞宗のお寺がかなりたくさんあります。伝え聞くところによれば、戦後保育園や幼稚園を各地に開設する必要性が高まり、各地の自治体が「お寺ならば土地も広いし、子供を預けるのに適しているのでは」と開設を寺側に働きかけた経緯があるようです。かつて「寺子屋」としてお寺が地域教育における重要な役割を果たしていたことも関係しているようです。
実際、うちのお寺にも、自治体から保育園を開設してはどうか、という話がむかーしあったそうです。諸事情によりうちのお寺では開設に至りませんでしたが。

そうした、曹洞宗のお寺が何らかの形で運営にかかわっている保育園・幼稚園が加盟する全国組織が「曹洞宗保育連合会」です。
毎年、永平寺や總持寺を会場にお借りして宿泊研修が行われており、今年は永平寺で2泊3日の日程で行われました。

近年、国を挙げて「食育」が重要視されていますが、実は永平寺を開いた道元禅師は750年以上も前から、修行道場における食育の重要性を説いておられました。
私たち一人一人が、人間が生きていく上で欠かせない「食」のあり方についてまなぶ必要がありますが、特に教育に関わる立場にある方にとっては重要です。きちんとした食育理念を持つ必要があります。

今回事務局から指名を受け、私が講演を行うことになったわけですが、依頼を受けた際には、引き受けてよいものか正直言って迷いました。
さすがに、永平寺が会場となると・・私のような未熟者が出る幕じゃあないような気がしまして。他にもっと適任の大老師がたくさんおられるわけですから。

しかし、私はこう考えました。
わたしが未熟なことは、宗務庁の中に設置された事務局は当然ご存じなわけです。それを承知で、せっかく私を御指命くださったのだから、これもご縁と思ってお引き受けするべきだろう、と。

喩えが変かもしれませんが、私の中学・高校時代に、いわゆるバンドブームが起きました。
当然私も好きなバンドに興味を持ってCDなどを聴きましたが、一つのバンドのCDアルバムを聞き比べると、技術的には上達しているはずの、後から出たアルバムよりも、技術的に劣っているデビュー当初の曲の方がなぜか魅力的に感じることがよくありました。

まあそれにはいろんな理由があるのでしょうが、やはり技術は荒削りでもそれを補うパワーといいますか、熱いハートが感じられるからではないかなあ、と思います。知名度が上がり人気が出て、技術や決まり事にとらわれすぎたことで、バンドの個性が身を潜めてしまったのではおもしろくないですよね。

それと法話や講演とを同列に論じるわけではありませんが、(しかも自分で・・・お恥ずかしい)やはり技術と経験は老師方に比べれば全く足りませんが、その分若さゆえの熱意と、無知ゆえの定石にこだわらない語り口が現在のわたしの魅力だと思っております。
肩書きのある典座老師が講演や説法を行う場合には、それなりの品格といいますか、威厳や格式が求められると思います。もちろん、そうした格調高い講演も意義深いのですが、反面、あまりに優等生的な内容の法話は、時に聞く者にとって退屈になってしまう危険性があると思うのです。
なので、なんの肩書きもない今なら、そうしたしがらみにとらわれることなく、言いたいように言えるのが今のわたしの強みなのだと思います。要するに、たとえヘタでも、不十分な点が目立っても、若い今しかできない話というのがあるのではないか、と。

それに、遠慮や謙遜も大事だと思いますが、とにかく場数を踏んで経験を積むことの方がもっと大切だと思うのです。
十分修行を積んでから、実力がバッチリついてから引き受ける、というのも一つの考え方だと思いますが、そんなのを待っていてはいつになるかわかりません。それに仮に十分な実力がついたとして、そのときに依頼があるかどうかなんてわからないのですから。
どんなベテランでも、場数を踏んだからこそベテランになったのであり、年を重ねても経験を積む機会がなければいつまでたってもベテランとはいえないでしょう。若いうちに、こうして胃が痛くなるような場数を踏ませていただくというのは何よりの自分の財産だと思います。やはりどうしても本番の空気を経験しないと身につかないものがありますから。

ということで、今回の永平寺での講演、自分自身の修行だと思って謹んで精進させていただきました。

永平寺講演1

永平寺講演2

会場となったのは、吉祥閣の大講堂。もう15年ほど前になりますが、わたしが永平寺修行時代、はじめに転役(配置換え)したのはこの大講堂を受け持つ接茶寮という係でした。毎日ほうきで無心に掃いたこの大講堂で、こうして講演を行うことになるとは、その時は夢にも思っていませんでした。
この大講堂の入り口横にボイラー室につながる、部外者立ち入り禁止の鉄のとびらがあるのですが、開演前に入り口付近で待っていた際、この鉄とびらが目に入り、失敗をして叱られるたびにくやしくて情けなくて鉄とびらの中で涙を流した日々がなつかしく想い出されました。

約100人の前で、1時間半の長丁場の講演でした。後の方に、老師方や先輩など、和尚さんたちが何人も聴いておられて・・・まあそれはプレッシャーでした。

もちろん、反省点は多々あります。上手に話せたとかそういう問題ではなくて、自分が本当に伝えたいことがどれだけ伝わったか、そしてもし伝わらなかったとしたら、何が原因なのだろう。次の機会に向けて、さらなる研鑽を積みたいと思います。今回のご縁にあらためて感謝し、拙い私の話をお聞き下さった参加者各位に御礼申し上げます。

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